探検ファクトリー 「東京下町で織りなす鉛筆の情熱」

探検ファクトリー小学校入学から大人のアートまで 東京・鉛筆愛があふれる工場

令和5年4月29日放送  NHK総合
すっちー 礼二(中川家) 剛(中川家

<鉛筆の奇跡を紡ぐ東京下町工場> 鉛筆の持つ愛らしさと便利さについて考えたことはありますか?実は、東京の下町にある工場では、鉛筆作りにまつわる数々の奇跡が繰り広げられています。
その歴史と工夫に触れることで、我々は鉛筆の魅力と深さを再発見することができるのです。
徳川家康と伝わる鉛筆文化> 鉛筆が日本に初めてもたらされたのは、16世紀のイギリスでした。

そして、この鉛筆が日本に最初に使われたとされるのは、なんと徳川家康公だったのです。
工場を訪れると、その歴史の重みを感じることができます。
徳川家に仕えていたという、鉛筆の始まりにまで遡ることができるのです。

<革新的な技術で進化を遂げた鉛筆作り> 初めて訪れた時、驚かされたのは、鉛筆作りにおける先々代の工夫と革新的な技術でした。
海外から伝来した当初の技術では、たったの7本しか鉛筆を作ることができなかったといいます。
しかし、先々代は鉛筆の形状を六角形から横から縦に変えて、ムダを省くことで効率を上げました。

さらに、ブレない軸として「スピンドル」と呼ばれる技術を開発し、量産へと結びつけたのです。
その技術は今でも現役で働いており、鉛筆作りの基盤として大切に守られています。
<愛情を込めた供養と新たな展開> 鉛筆が短くなった時、私たちは普段何も感じずに捨ててしまうことが多いですよね。

しかし、この工場では違います。
鉛筆の芯を供養するための神社があり、短くなった鉛筆を手を合わせて供養することができます。
このような独自の文化に触れることで、私たちは鉛筆のちょっとした喪失感にも共感することができるのです。

また、大人向けの商品として、現れる鉛筆の芯をシャーペン型にしたアイテムも開発されています。
これによって、鉛筆を長く使い続けることができるうえに、使いやすさも向上しています。
鉛筆が大人の生活に寄り添える存在となったことで、さらなる魅力を引き出しているのです。

<鉛筆への感謝と愛着を再確認> 鉛筆は私たちの身近な存在ですが、その魅力や奥深さについて改めて考える機会は意外と少ないのかもしれません。
この東京下町工場の訪問を通じて、単なる筆記用具である鉛筆の魅力や歴史に触れ、新たな視点で捉え直すことができました。
鉛筆の量産技術や供養の文化、大人向けの商品開発といった工場の取り組みには、鉛筆愛が溢れています。

私たちも、日常で鉛筆を使う際に、その価値を再認識することで、もっと鉛筆を大切に扱うことができるでしょう。
鉛筆はただの道具ではなく、思い出や感情、創造性を紡ぐ一助となる存在なのです。
鉛筆に感謝し、愛着をもって使うことで、私たちの日常をもっと豊かに彩ることができるのです。